Salvation By Faith / E.D.F.

 

Salvation By Faith

Salvation By Faith

E.D.F.スタジオ録音2作目となる本作は、大阪に南港にあるスタジオPARTITAにて2006年に録音されたが、紆余曲折あって発売は2008年になってしまった。当時の新曲を多数含む意欲作。

  1. NEW STEP
  2. KEY NOTE
  3. 天王寺
  4. Barbra
  5. Ghostwall
  6. Little One
  7. KWL
  8. Gap
  9. 春の砦
  10. New Stork

[member]
清水武志(Comp&Arr,Piano,ROSE)
ベーカー土居(Drums)
西川サトシ(Bass)
田中洋一(Trumpet)
武井努(Saxes)2008/4/25発売

2,500- CD

<藤森益弘氏によるライナーノート(未省略版)>

「この男、タダモノではない」
藤森益弘

今から5年前の7月。仕事で大阪に行ったとき必ず立ち寄っていた梅田にあるジャズ・スポット「JAZZ ON TOP」で、 女性シンガーの歌の伴奏でピアノを弾いている男が目に入った。

その男は無精ひげを生やし、どこかふて腐れたような表情で、 演奏のほうもあまり身が入ってない、頼まれたので仕方なくシンガーにお付き合いしているような印象を受けた。 もっとも、そのときの女性シンガーは面白味がなさ過ぎて、これでは伴奏していても身が入らないのも当然だろうな、という同情心も一方では湧いた。

その憤懣を吐き出すように、次のステージの冒頭、その男がソロで鍵盤ハーモニカをブローし出したのを見て、 伴奏のときとはあまりにも落差のあるその演奏の激しさに唖然として聴き入り、 終わったときには「もしかしてこの男、タダモノではないかもしれない」と思った。 それからは、女性シンガーの歌はほとんど無視して、彼のピアノにだけ耳を集中させた。

帰り際、レジ・カウンターの上に『E.D.F.』というタイトルのCDが置いてあるのが目に入り、 ピアノを弾いていた男のグループが作ったCDだと教えられ、一枚買った。清水武志という名前も、そのとき知った。

帰京して、CDを聴いた。1曲目「Tear Drop Again」。(軽快なノリ、本格的やないか)2曲目「Don’t Forget Me」。 (一転してバラードか。むっ、この切なさはなんや)3曲目「Empty Heart」。(おぅ、この懐かしさはなんや) 4曲目「Psychedelic Freedom」。(なんか、ウルウルしてきたで……)なぜか知らないうちに、関西弁をつぶやいている自分がいた。 東京へ出て40年近くなるのに、大阪生まれの僕の思わず口をつく感情吐露が、いまだに関西弁とは。そして、最後曲「Rug Time」を聴き終えたとき、 目頭が熱く濡れているのはわかった。何十年ジャズを聴いてきて、涙が出てくるなんて体験はそう滅多にない。 クリフォード・ブラウンの「Once In A While」、スティーヴ・マーカスの「LISTEN PEOPLE」、スタン・ゲッツとケニー・バロンのデュオの「FIRST SONG」、 市川修と市川芳枝の「FATHER’S SONG」など。いずれも、僕のジャズ遍歴の中でエポック・メイキングなものばかり。 CDに収録されている10曲は、すべて清水さんの作曲。「やはりこの男、タダモノではなかった」と確信するに到った。

CDのタイトルでもあり、彼らのグループ名でもあるE.D.F.とは何のことか知りたくてパソコンで調べたら、 清水さんが開いているホーム・ページが見つかった。1964年、大阪生まれ。大学時代からプロのジャズ・ミュージシャンとして、 関西を中心に活躍。ピアノの他、アルト・サックス、フルート、クラリネットも吹く。 92年、ドラマーのベーカー土居さんと結成したのがE.D.F.で、「Earth Defense Force 地球防衛隊」という意味だとわかった。 (ジャズで地球を救う男たちか、なかなかええやないか)ホーム・ページに書いてある彼の軽妙洒脱さの中に誠実さを感じさせる文章も読むに及んで、 ますます清水武志という人物に興味が湧いた。

その年の8月、9月、残暑が続く中、ある記念誌の編集作業が連日深夜まであり、 ヘトヘトになってタクシーで帰宅していたが、その1時間ほどの乗車中、いつも『E.D.F.』をCDウォークマンで聴いていた。 緊張と疲労が快く緩み、癒されていくのがわかった。

これは何としても彼らのライブを一度見なくてはと思い、スケジュールを調べると、月1回、 大阪JR環状線の桃谷駅近くにある「M’s Hall」というジャズ・スポットに出演していることがわかった。 (なにぃ、オレの実家から歩いて10分のところやないか)以後たびたび大阪に行く機会はあったが、どうしてもライブのある日と重ならず、 実現したのは1年後、翌年の8月下旬だった。その間、僕は『春の砦』という長編小説を文藝春秋から出版し、遅まきながら作家としてデビューを果たし、 続いて二作目の『モンク』に取りかかっていた。

大阪で懇意にしていた若い女友達と、彼女のボーイ・フレンドと三人で「M’s Hall」に行った。 JR環状線の高架下にある「M’s Hall」は、上を電車が通過するたびガタピシという音と震動が伝わってくるというなかなかいい雰囲気(?) を持ったジャズ・スポットだった。収容人数50名強というところか。

E.D.F.のライブに初めて接し、その熱気に一も二もなく巻き込まれた。とにかく、熱い。 演奏しているプレーヤーたちも熱ければ、聴いている観客たちが送る視線もまた熱い。ある曲ではガンガン乗りまくり、ある曲では爽やかな風が流れ、 またある曲では切なさで胸を締めつける。 そしてどの曲も、大げさな言い方をすれば、黒人たちにとってデキシーランド・ジャズがそうであったように、 E.D.F.のジャズは、僕たち日本人が心の奥底に秘めているトラディショナルな琴線に触れてくる親しみやすいメロディと懐かしい響きを持っている。 それが僕たちを泣かす理由でもあろう。ラスト・ステージのラストに、彼らのエンディング・テーマ曲である「Rug Time」が流れてきたときには、 にじんでくる涙を隠すのに精いっぱいだった。(ホンマに泣かすで、こいつらは)女友達のほうを振り向くと、彼女も目頭を押さえていた。 ちなみに、彼女とボーイ・フレンドはふたりともアマチュアのブラス・バンドでアルト・サックスを吹いていて、 翌年結婚したが、その披露宴でBGMとして流していたのがこの「Rug Time」だった。

演奏の他に、彼らのライブのもうひとつ魅力(面白さ)は、曲の合間にはさむ清水さんの下手な落語家のマクラのようなMCや、 それに絡むサックスの武井努さんやベーカー土居さんとの下手な漫才師のボケとツッコミのようなやり取りに苦笑、 哄笑させられること。それを聞きたくて集まってきている女性ファンもいるとのことだが、その真偽のほどは定かではない。

とにかく笑い、泣き、感動した。ライブ終了後、思い切って清水さんに声をかけた。 彼も僕に興味を持ってくれたらしく、ジャズや小説の話などしばらくした。彼らがリリースしている別の2枚のCDも、そのとき買った。 深夜をまわって清水さんは、「M’s Hall」の入口前の路上に停めてあった愛車の赤いシトロエン2CVに颯爽と乗って、帰って行った。

それ以後、何度かメールのやり取りをしたり、ライブを見に行ったりした。彼が地元の子供たちのためにボランティア活動をしていることも、メールで知った。 音楽だけでなく、生き方にも一本スジが通っていることを知り、ますます彼が好きになった。

2005年1月、京都在住のピアニスト、市川修がくも膜下出血で急逝した。 僕の小説『モンク』のモデルでもあり、僕にジャズの素晴らしさを再認識させてくれた彼の死は大きな衝撃であった。 その葬儀に彼の弟分だった清水さんもかけつけて、彼に捧げるジャム・セッションでピアノを弾いた。

そして今年の3月、突然清水さんからメールが入った。新しく作ったオリジナル曲のタイトルを、 僕の小説の題名をとって『春の砦』にしたい。ついては了解をお願いしたい、とのことだった。 無論、即座に了承。ピアノとサックスのデュオの曲。僕の小説をヒントに作ったもので、秋にリリースするニュー・アルバムにも収録するとのこと。 一体どんな曲なのか。ぜひ聴きたい、と体がウズウズし出してきてたまらず、7月、無理やり大阪に仕事を作り、久しぶりに「M’s Hall」へ行った。

僕が来たのを知って、清水さんは2ステージ目に「春の砦」を演奏してくれた。

武井さんのテナー・サックスが、あのスタン・ゲッツの絶唱「FIRST SONG」を彷彿とさせる哀調を帯びて心に沁み込んでいくバラード曲で、 僕は演奏中、体の震えが止まらなかった。こんな素晴らしい曲に、僕の小説の題名をつけてくれたことを感謝したい気持ちでいっぱいになった。

ライブ終了後、清水さんや土居さんと雑談していて、ちょっとした勢いで、 秋にリリースするアルバムのライナーノートを書きたいなあと喋ってしまったところ、ぜひお願いしますと二人から言われ、 ビックリするやら、嬉しいやらで、このライナーノートを書かせてもらうことになった次第である。

長々とした前置きになってしまった。

とにかく、本アルバムに収録されている曲を聴いてほしい。1曲1曲の感想は省略するが、奥さんに捧げた「Little One」の可憐さ、 ハワイの女軍人を送別したときの「Barbra」の愛惜さ、若き日の失恋の傷が疼く「Gap」の哀切さなど、 清水武志という男の人生の遍歴と機微から生まれたこれらの曲がE.D.F.の素晴らしい演奏で、 聴く者の心をどれほど優しく慰撫してくれることか。そして、「春の砦」。 僕の人生とも深く関わるこの曲を、僕はどうしても冷静には聴けないと告白するしかない。

僕だけでなく、本アルバムを聴いたすべての人たちにとって、このCDがかけがえのない宝物になることを願ってやまない。

(2007.9)